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東京高等裁判所 昭和52年(ラ)498号 決定

抗告人 李俊碩

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の抗告の趣旨は、別紙(一)即時抗告申立書記載のとおりであり、抗告の理由は、別紙(二)抗告理由書記載のとおりである。

抗告理由第一のうち、利害関係人たる株式会社産経物産に対する競売期日の通知を欠いたとの点については、競売法第三二条第二項民事訴訟法第六七三条により、抗告人が抗告の理由として主張できないものであることは明白であり、採用できない。

同じく抗告理由第一のうち利害関係人たる抗告人に対し競売期日の通知がなかつたとの点については、本件競落許可決定後に提出されたと認められる不動産登記簿謄本によれば、競落の対象物件の一つである東京都豊島区西池袋三丁目一三七九番地一所在の家屋番号同町一七三九番一の二の建物につき、昭和五一年三月四日付で前記株式会社産経物産の有する所有権移転請求権等の仮登記権利が同年同月三日抗告人に譲渡された旨の記載がなされていることが認められるが、右譲渡およびその登記はいずれも本件競売申立登記後のそれであるところ、競売申立登記後に当該不動産上の権利を取得した者は、そのことを競売裁判所に証明しないかぎり、当然には競売手続上の利害関係人たる地位を取得するものではないと解されるにかかわらず、記録上抗告人が本件競売期日である昭和五二年五月二三日より前に右権利取得の届出をなした形蹟は認められないから、抗告人は当時競売期日の通知をなすべき利害関係人たる地位を有せず、したがつて抗告人に対し右競売期日の通知がされなかつたからといつて競売手続を違法とすることはできない。抗告人の主張は理由がない。

抗告理由二の(1) についていえば、記録第一七四丁ないし第一八一丁によると、本件における昭和五二年五月二三日午後一時の競売期日の公告は、同年同月四日東京地方裁判所の掲示場において掲示をなしたこと、及び同年同月一一日東京都豊島区役所の掲示場において掲示をなしたことが認められるところ、その方法が抗告人主張の如きものであつたとしても、それだけで民事訴訟法第六六一条にいう公告にあたらないということはできないから、抗告人の右主張は理由がない。

抗告理由二の(2) については、競売期日の公告を掲示場における掲示のほか新聞紙に掲載してなすかどうかは、民事訴訟法第六六一条第二項に明らかなように裁判所の意見に委ねられているのであるから、同じく新聞紙に掲載するとして、どの新聞紙に掲載するかについても、裁判所が自由な意見で定めうることはいうまでもなく、本件の競売裁判所が日本経済新聞のみを選択したことについてなんらの違法もない。抗告人の右主張の理由のないことは明白である。

抗告理由二の(3) については、公告の内容を規定した競売法第三九条民事訴訟法第六五八条によれば、土地の競売において地上に建物が存在することは必要記載事項となされていないから、本件公告に公告人指摘の建物の存在が掲記されなかつたことは、未だ違法というに当らず、また本件記録上右建物所有者がその敷地部分について対抗力ある賃借権を有することを認めるべき資料は存在しないから、本件抗告において土地につき賃貸借関係がない旨記載されていたことをもつて違法とすることはできない。よつて抗告人の右主張も採用に値しない。

抗告理由二の(3) の2及び3について。記録によれば、件外上島長一郎及び同方山茂がそれぞれ本件競売物件中抗告人主張の部分を占有中であることを認めることができるが、右両名が対抗力ある賃借権を有するとする根拠は記録中に見出し得ないから、本件公告中に右各占有部分について賃貸借関係がない旨の記載がされていたことをもつて、競売手続の違法を云うのは当らず、抗告人の右各主張もまた理由がない。

その他職権を以て調査しても原決定を取消すべき理由は見当らないから、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 中村治朗 石川義夫 高木積夫)

(別紙)(一)

抗告の趣旨

債権者株式会社大光相互銀行、債務者早野チヨ子外四名間の東京地方裁判所昭和五〇年(ケ)第七七二号不動産任意競売事件につき、同裁判所が後記目録記載の不動産に対し昭和五二年五月二六日した競落許可決定はこれを取り消すとの裁判を求めます。

物件目録 〈省略〉

(別紙)(二)

抗告の理由

第一、利害関係人に対する通知を欠いている。

原裁判所は本件競売手続において競売期日(合計三回)を本件競売の目的物である不動産の根抵当権の譲受人で利害関係人である抗告人に対し通知しないで競売手続を進行して競落許可の決定をしたのは違法である。

抗告人は、昭和五一年三月三日株式会社産経物産から別紙目録記載の建物について二番根抵当権及び停止条件付賃借権を譲り受け、同年三月四日右根抵当権移転及び停止条件付賃借権移転の仮登記手続をしたものである。右手続を行う時、抗告人は競売手続の進行を気にしていたが(特に競売期日は何日か)産経物産の話しによれば、競売期日が決まれば裁判所から抗告人あてに通知がくるし、産経物産の方からも必ず連絡するということだつた。しかしながら、裁判所から競売期日について何らの通知が来ないばかりか、産経物産からの連絡もなく、本件物件が競落されてしまつた。

最近調査してみると、産経物産は住所を変更し裁判所からの通知が配達不能になつたということであつた。

ところで、抵当権実行に基く不動産競売手続において、その競売期日はこれを利害関係人に通知するを要することは競売法二七条二項により明らかである。これは競売という国家の強制力で所有関係に変動を生ぜしめる手続に、右の利害関係人を実質的に参加させ、可能な限り利害関係人の利益に合つた処理をする必要があるからである。

その為に、強制力を行使する国家機関としては、右の通知の手続を尽すために全力を注がねばならない。本件においては通知に関して次の二点が問題である。

(1)  本件では競売期日の通知が三回行われているが、裁判所が産経物産に通知したのは一回のみである。

たとえ一回目が配達不能になったとしても、次回にも配達不能になるとは言いきれない。(配達員の怠慢により、真正な住所あてに差出されても配達不能で差出人に戻つてくることは日常経験することである。)新競売期日の通知を欠いていることは手続上違法である。

(2)  本件競売期日は、競売申立があつてから一年以上も経過した後に決められており、その間本件物件の権利関係に変動があるということは当然予測できるはずである。

それにも拘らず、申立当時の登記簿上記載されている関係者のみに通知されている。なるほどその後の関係者は裁判所へ届出ればよいという考えがあるかも知れない。しかしながら多くの者は裁判所とは全く無縁な法律の素人であり、抗告人のように何の手続をしなくとも裁判所から何らかの通知が来るという事を信じてそのまま放置し、裁判所からの通知を待つ例が多いであろう。競売が申立後一年以上も経過した後行われるのであれば、裁判所は競売期日の通知をする直前の登記簿謄本を競売申立人に提出させ(又は職権で取り寄せ)、関係者に変動はないか確認のうえ通知をすべきである。この手続をしていない本競売手続は違法である。

二、本件競売期日公告は、その方法、内容について公告なきに等しいものである。

(1)  本件競売期日の公告は、法律上規定された方法によつてなされておらず違法である。

本件競売期日掲示による公告は、東京地方裁判所及び東京都豊島区役所でなされたが、豊島区役所の掲示板における掲示は、公告用紙を二つ折りにして用紙の右肩を押ピンで掲示板にとめたり、そのような公告を沢山一括して掲示板の釘にひつかけてあり、しかもその掲示板の硝子扉には鍵がかけてある。東京地裁の掲示板における公告も、公告用紙を二つ折りにして右肩を紐で結び、沢山一括して釘にひつかけてあり、掲示板の硝子扉の外側に金網扉がとりつけられ二重扉となつており、公告上一番重要な不動産の内容、賃貸借の有無、最低競売価格などは二つ折りの公告用紙の裏側にかくれ、一般人としては容易に見る事が出来ない。

ところで公告の目的は、一般人に競売期日を周知させ、なるべく多数の競買希望者を競売に参加させることである。

これは、競売が国家を介した一種の売買の競争締結であるため、できるだけ多くの買受希望者を競売期日に参加させることをめざしたものである。だから国民大衆の側からみて、どの様な方法が一般大衆の周知度という点で適切であるか考えてみる必要がある。結論を述べると、本件手続でとられた掲示板の掲示方法は一般大衆を全く無視するものである。裁判所の掲示板は箱であつて、その表面に金網を張り、その上は硝子張りで、その内部に「競売関係公告綴」と表紙に記載のある一冊の公告綴が一本の釘にかけてあるだけで、しかも施錠してあるので一般人は公告があるかないか判らない状態であり、仮に執務時間中に錠はかけられていないとしても、これを開けて内側の公告を見るには余程の勇気と努力を要し、本件の様に錠がかけられている場合、係員に申出て書類を手に取つて見る事が可能だと言つても、日常生活において裁判所と無縁な一般大衆には全く期待出来ない。公告とは「公告事項を広く一般の人に知らせること」であり、公告用紙が沢山一括して釘にかけられているのを、施錠された掲示板の硝子金網扉ごしに見ることが出来るだけでは、掲示板の前に立つ一般人にとつては、およそ何らかの公告がなされていることを知りうるにとどまり、特定の競売期日の公告がなされている事は判らないし、いわんや、その公告の内容たる事項--どこに在り、どの様な不動産が、どの様な価格で、いつどこで、競売されるのかというような、買受希望を導き出す基本的な事項--を知りうる状態には全くない。その様な状態のもとで、掲示板の錠を外して特定の競売期日の広告にかんする書類を見せよという申出を係員に対してすること--この様な申出自体が掲示にする公告の観念と矛盾している--を一般人に期待できるから違法ではないというのは全くの暴論である。

本件の様な公示方法は、競売手続の参加を、いわゆる競売屋、事件屋の独占のもとにおくものであり、そのため現在の競売手続には一般大衆の参加がほとんどみられないのである。

したがつて以上の理由により本件公告は、民訴第六六一条の趣旨に違背するものといわねばならない。

(2)  本件競売期日は、日本経済新聞にも公告されている。これは、マスメデイアを利用している点で一歩前進といえるが、日経は現在一般大衆が購読している大衆新聞とは言い難い。会社の公告方法として日経の紙面が利用されることが多いが、これは不特定多数の国民大衆を相手にする競売手続とは質的に異なるものと言わねばならない。朝日、読売、毎日新聞こそ大衆紙であり、国民は右三紙のうち一紙には目を通しているはずである。右三大紙に公告せず、日経のみに公告した本件競売手続は違法である。

(3)  公告の内容

本件手続でなされた公告は、その内容において不十分であり、公告の内容を充たしていない。

1、本件一号物件について

右物件については賃貸借関係なしということのみであるが、右物件上に競売開始決定当時未登記であつた建物(床面積二七・五〇平方メートル木造瓦亜鉛メツキ鋼板葺平家建昭和三五年五月五日建築)が存在しており、右建物は昭和五十一年二月五日に芥川義信名義で保存登記がなされている。ここで注意しなければならないのは、債務者が一号物件に抵当権を設定した当時、右建物が現に存在していたということである。抵当権者が一号物件上の未登記建物の存在を知つていたか否かは別として、右建物所有者は競落人に対しその敷地部分の利用権を主張しうることは明らかであり(鑑定書の敷地現況図には青色線で件外物件認定敷地、通路部分との記載がなされ、建物所有者が約九七平方メートルを使用していることを認めている)。右の利用関係は競落人にとつて非常に重要な問題である。それにも拘らず未登記建物の存在を摘示せず、賃貸借関係なしということで一号物件を公告したのは違法である。

2、本件二号物件について

右物件の賃貸借関係については、一階道路左側九坪を丸金自転車工業が使用しているということが公告されているが、右部分を上島長一郎が店舗として利用していたことは賃貸借取調報告書からも明らかであり、右利用関係を全く無視した本件公告は違法である。

3、本件三号物件について

三号物件については方山茂が居住していたことが鑑定書からも明らかであるにも拘らず、公告には賃貸借関係なしとされている。所有者と方山との間の利用関係について十分調査がなされたわけでもないのに、対抗力がないということで全く無視されていることは、競落人に対し不測の損害を与えるものである。利用関係が対抗しうるものであるか否かは将来裁判で最終的に決着がつくであろうが、裁判が確定するまでには相当の年月を要し、その間の競落人の損失は測り知れないものがある。自力救済が禁止されている現行法のもとで、右の様な紛争の種を有している物件は当然公告されなければ一般大衆の利益は全く無視されることになるであろう。賃貸借関係が全くないとした本件公告は違法である。

その他の本件抗告の理由を追つて提出する。

(別紙) 物件目録〈省略〉

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